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2008年6月の2件の記事

清水祖師廟の金属獅子

2007年5月17日訪問

大溪の狛犬をたずねたその足で、バスに乗り三峡へ向かいました。

街をはずれ、どんどん山の中を進むバスの風景があまりに変化してゆくので楽しい小旅行気分でした。

清水祖師廟に一番近いバス停でおろしてもらい、街を散策しつつそちらへ向かいました。

Photo 三峡は古い街並みが所々に残っている、ぶらつきがいのあるところでした。

さて清水祖師廟は、芸術性の高い素晴らしい彫刻で大変有名ですが、それ以外にも興味深いところがいくつかあります。

まず台湾神社の鳥居が正殿の廊柱として使われていることは以前紹介しましたが、そのほかにもうひとつ、ここに戦後据えられた一対の金属獅子のモデルが狛犬だという話をフリーライターとして活躍されている片倉佳史さんから伺ったのです(ただしモデルが狛犬らしい、という伝聞以上のことは現在のところ何もわかっていないそうです)。

というわけで、この金属獅子に会いに行くために、バスに飛び乗った次第です。

Photo_2 さて早速会おうと意気込んで乗り込みましたが、参拝客が団体で訪れた直後だったため、もうえらいことです。もみくちゃです。何とか獅子に近づいたものの、とてもゆっくり見ることができません。しばらくうろうろしていましたが、一向に去る気配もないので、一旦諦めて外へ出て、老街をぶらつきました。

しかし、夕方とあって人気もなく寂しいものでした。諦めきれない私はもう一度清水祖師廟を訪れました。すると、丁度記念撮影中で、何と獅子の反対側に人々が集まっているではありませんか!

Photo_3 Photo_4

Photo_5 このチャンスを逃してたまるか!と必死で写真を撮り、そしてなでなでしました。獅子の頭は大勢の参拝客になでられて、ぴかぴかに輝いていました。

さてこの獅子は、金属狛犬をモデルにしたのだとは思うのですが、それにしてはあのりりしさにかけます。やさしい姿をしており、顔つきなどは特に異なり、どちらかといえば石造り狛犬にも近いものがあります。台湾の狛犬には、金属狛犬と石造り狛犬が混ざったような姿をしたものが見られますが、そのようなパターンをモデルとしたのかもしれません。

また、三義の木彫博物館で見た日本統治時代の木彫狛犬にも似ています。

それは、普段見かけるような木彫狛犬とは似ても似つかぬ姿をしており、石造り狛犬をモデルにして彫ったのではないかと思うような、やわらかい表情とやさしいつくりをしていました。

なぜ木彫狛犬で、そのような姿のものが存在していたのかと、最初見たときにはかなり驚きました。

しかし台湾国内において狛犬は独特のアレンジをされていることが多く、その木彫狛犬ももしかしたらその必要性がまず第一で、こうあるべきという決まりよりもそこにあることが優先され、その結果石造り狛犬や金属狛犬といった既存の狛犬の姿を基に彫られていったのかもしれません。

いずれにせよ、清水祖師廟で日々任務に励んでいるかわいらしい金属獅子が、いつかどこのどのような狛犬をモデルにして作成したものなのか、それがわかる日がやってきたらとても嬉しいのですが・・・

車路墘社(虎山社)の狛犬

2004年12月30日(木)訪問

Sp1000491 ここはもともと、車路墘製糖所(現在の仁徳糖廠)構内神社のあった場所とのことですが、現在、阿弥陀仏堂となっています。

そこに安置されている仏像は、日本統治時代に納められたものだそうで、確かに台座には「民國二十三年(昭和の年号が修正されています。=昭和九年)五月廿七日」の年号が刻まれていました。

さてこの石獅ですが、台座部分に「昭和九年五月吉日」の文字が見られます。更には「奉納」の文字及び奉納者名も数多く刻まれています。

先日、この石獅についての疑問に対して、狛犬友達に話をしたところ、実に明朗な回答をいただきました。

まずliondogさんからこの台座は中国石獅のスタイルであることを指摘され、なるほどそうだなあと納得していたら、すぐに台湾の仲間から連絡をいただきました。そして知りたかった情報を教えていただけました。それは銅銭に刻まれた文字が「昭和九年」であることです。

なぜ当時それを見ていなかったのか(気づかなかったのか)覚えていませんが、最初の頃石獅については「中国獅子をそのまま(狛犬として)据えたもの」と思い込んでいたことを思い出しました。。その後何度もそのパターンのものを見たり、当時の資料で確認することにより「中国獅子を最初から狛犬として据えるために製作したもの」と判明したため、じっくり見るようになりましたが・・・何だか申し訳ない気持ちでいっぱいです。近いうちに、ちゃんともう一度狛犬として会いなおしに行こうと思います。

Sp1000500_1

尚、周囲には神社時代の名残として、柵の一部や階段の一部が見られます。

アクセス方法:保安駅から駅前通を進み突き当りを右折、煙突を目標にひたすら20分ほど歩くと仁徳糖廠の正門があり、その奥左手の宿舎がある方向へ入るとほどなく神社跡が見えてきます。

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