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2008年4月の2件の記事

月眉糖廠の狛犬

2006年7月18日訪問

Sp1030761Sp1030739 台中県后里郷に民國前三年(1909年)誕生した「大甲製糖所」がのちに月眉糖廠となり、そして戦後も改修工事等を経て生産量を回復していたものの、1999年3月には操業を停止。

現在は観光糖廠として再び活気を取り戻しており、私が訪れたときも大型バスで観光客が何組も訪れておりました。

ここの狛犬は恐らく糖廠内にあった神社に据えられていたものでしょうが、肝心の神社の資料がまったく見つかっておりません。

ですので、神社の鎮座年、ご祭神などの情報は他の糖廠内神社同様、残念ながら全くわかりません。

正門を入ってすぐ、正面にある建物の入口両脇に狛犬が据えられています。この建物は糖廠の事務所だったのでしょうか。

Sp1030722 Sp1030715

狛犬は、なんとも絵画的な表情をした特徴のある姿をしており、何かモデルになった狛犬があるのではと推測しております。また歯の並びの美しさが目を引きました。

更に、吽の頭頂部に角らしきでっぱりがありました。

尾の形は台湾の狛犬によく見られる、両脇の巻毛、中央に立毛というスタイルです。

一目見て狛犬と認識できるバランスの良さ、きれいな彫り、一見の価値がありますのでお近くを訪れた際にはぜひお立ち寄りください。

PhotoPhoto_2

Photo_4またこちらでは工場内の見学が楽しめます。なかでも煙のトンネルはなかなか迫力がありました。

見学後は名物のアイスキャンデーを勝利號の車内でいただくのもおつなものですね。

和美公学校校内神社の狛犬

2006年7月18日訪問

Wabi1 彰化県和美鎮にある、和美國小を訪ねました。この立派な小学校の門をくぐり、狛犬の場所を探そうとしましたが、全く見当がつきません。丁度夏休みとあって、子供たちの姿もまばらです。

やっと上級生をつかまえて、狛犬の場所を教えてもらえました。そこは立派な校舎の横、すくすくと育った樹木の木陰になっており、学校の歴史を記したプレートをはさむようなかたちでちゃんと据えられていました。

Wabi3 Wabi4

狛犬自体は、新城神社のライオン風狛犬とよく似ています。このパターンは獅子をベースに狛犬を作ろうとした感じがします。尾が特に獅子のようです。何故こういうパターンが登場したのか、一体何が基になったのか、それが気になります。また、和美と新城という離れた場所に存在するのも謎のひとつです。このパターンが広く出回っていたということなのでしょうか。

色々考えながら狛犬を観察していると、子供たちが「何をしているの」と集まってきました。そして先生もやってきました。

狛犬を見に来たと言うと先生は自分は体育教師で「今は夏休みで(そういうことに)詳しい先生がいないので・・・」と仰り、そのまま小学校の資料室へ案内してくださいました。そこには学校の歴史が壁一面に記され、歴代校長の写真や、百周年記念イベントの様子や、折々の行事の写真などが飾られていました。一通り眺めていましたが、その間に先生が狛犬の写っている写真を探して下さっていました。あいにく見つかりませんでしたが、その代わりにと立派な百周年記念冊子を下さいました。その中の古い写真にはかつて神社前に据えられていた狛犬の姿が写っていました。

暑い中、汗だくになって資料を探してくださった先生に厚くお礼申しあげ、小学校を後にしました。

帰国してからゆっくりその冊子を眺めていると、狛犬についてのエピソードが紹介されている新聞記事が見つかりました。そちらを簡単に紹介します。

その記事によると、この小学校は1899年に創立、当時は「和美線公学校」と称しました。創立当初校舎はなく、道東書院を借りて授業を行っていました。6年後の1905年に6つの教室を有する校舎が建てられ、正式に学校としてスタートしました。

その近くには神社がありましたが、第十六回(1920年)卒業生によって一対の狛犬が奉納されました。

戦後神社は撤去されましたが、狛犬は引き続き子供たちと共に学校生活を送っていました。民國五十四年、新校舎設立の際に、役目もなく日本色の濃い狛犬を土中深く埋めてしまおうという話になりましたが、数名の先生方による「保存への強い訴え」のもと、狛犬は何とか難を逃れることができました。

その先生は「狛犬は日本統治時代の遺物としてだけではなく、卒業生達が学び舎へ帰ってきたとき、この狛犬に触れて昔をしのぶことが出来る、大切な思い出の品でもあるのだから、軽率に埋めてしまおうものなら、和美國小の百年に渡る歴史の足跡を辿ることができなくなってしまうのです」と仰られたそうです。

Wabi2 狛犬は先生方の尽力により、校舎の横に安住の地を得ることができました。

これからも在校生を護りそして卒業していった生徒達の懐かしい思い出となり、学校とともに歩み続けるのです・・・

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