新荘神社の狛犬
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2004年7月21日訪問
宜蘭神社は県社でしたが、金属狛犬を据えているところから、重要な位置を占めていたのではと想像しています。
日本国内で多くの金属狛犬に見られる、芸術的な香りがあまり感じられず、むしろ庶民派ともいえる、かわいらしくて親しみやすい狛犬となっています。
全体的に、彫りのエッジが立っておらず、若干荒々しい仕上がりになっています。また阿の尾(下半身)がセメントで修復されていますが、粗い仕事なので気持ちが有り難いだけに、残念です。しかし、顔のつくりに作り手の愛情を感じてしまうのです。そこがこの金属狛犬の味わいそして魅力となっているのではないでしょうか。
こちらの画像も狛太郎師匠に見ていただきました。抱かれた印象としては、やはり同じようなものだったのですが、とても心温まる感想をいただきました。以下にご紹介いたします。
私はこの狛犬に親しみを感じます。それは金属製狛犬として日本式の金属狛犬に非常に近いと思うからです。特に顔立ちがいわゆる獅子顔で、日本でも見慣れた風貌です。眉も毛筋のある3房に渦の突起を配するなど芸の細かいところを見せていますし、ヒトミには瞳孔も表現されています。口の開き具合もなかなか上品です。このブロンズを造るための元の塑像は、あるいは日本人の手になるものではないかと思うほどです。鋳造技術の問題に加え、外地では良質な素材も手に入らなかったのかも知れないと思うと、これはこれで、よく頑張ったねと声をかけたいくらいです。
更に、狛犬仲間でありますliondogさんから、実に興味深い感想をいただいております。部分的に類似する点を持つ金属狛犬の紹介をいただいたのです。
秋田市の日吉八幡神社にあるブロンズ製狛犬の画像と宜蘭神社狛犬の鬣が比較的わかりやすい画像を並べてみました。ぜひ画像と共に、じっくりご確認ください。
パッと見、あまり似ている感じがしないと思いますが、引っかかるのが、たてがみの裾が、まるでトリケラトプスの襟巻きを思わせる形で、刺のように張り出している点です。
宜蘭神社の狛犬のうち、吽像はそれほどでもないようですが、阿像のはかなり張り出しているでしょう?ちょっとその点が似ている気がします。金属製の狛犬って、数が少ない上に個性が強くて、なかなかどれとどれが同じ系統だとか言いにくい部分がありますが、これらには共通のモデルでもあるのかもしれません。
ちなみに、この秋田のブロンズ狛犬は、大阪の人が寄進したものです。ということは、製作自体も大阪かもしれない。もしかすると台湾の狛犬を解明する手がかりは大阪にあるのかも。
確かに、お二方の仰る通り私も同様に、金属狛犬については石造狛犬よりも日本独特の色合いが濃いので、モデルが確実に存在していたのではと考えているのです。今のところまだ2対しか金属狛犬が台湾では確認できていません。他にも居たのか、それともかなりまれなる存在だったのか・・・これからの出会いで新たなる糸口がみつかることを期待している今日この頃でした。
<基本データ>
宜蘭神社(現:員山公園内忠烈祠)
置年:神馬前に設置された説明プレートによると「1918年鎮座、祭神は天照大神。3,4年後に神馬が置かれ、狛犬と石灯籠は階段の前に置かれた」とのこと。狛犬の台座は比較的新しいものなので銘板も残っていませんでした。狛犬本体にも、何も彫られておりませんでした。
特徴:金属(銅製)狛犬。角はなし。犬歯合計6本。垂耳で、左右の位置が若干非対称。
アクセス方法:宜蘭車站からタクシーで15分ほどの員山公園にあります。また、公園方面へのバスも出ています。公園から真っ直ぐ伸びる元参道を歩いて一番奥まで行くと忠烈祠への長い階段があり、狛犬はその前に据えられています。
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2004年7月18日訪問
この狛犬を訪問した際の顛末については、先にサイトの日記に書いておりましたが、狛犬の紹介がこんなにおそくなってしまいました。
一見したところ、嘉義の狛犬とよく似ており、尾の形なども同じです。これらは八重垣狛犬の雰囲気を漂わせているので同型モデルが存在したのではと思います。
しかし、やはりそれだけでは納得できないのが台湾の狛犬。特に口玉などは九州の血を感じさせます。
そこでまたもや狛犬仲間のliondogさんに相談した所、私の狛名をつけてくださった師匠、狛太郎さんに尋ねて見ては、とのこと。早速師匠にご連絡してみていただいたものをようやく発表できます。九州の狛犬に大変造詣の深い、そして狛犬愛あふれる狛太郎師匠による見解をお楽しみ下さい。
まず口中に玉を噛む意匠は九州の狛犬ではおなじみですし、体中に刻まれた沈線の渦も比較的よく見られるものです。しかし何と言っても、この素朴で人の良さそうな顔立ちこそが、日本の狛犬かと見まごう最大の要因でした。それでも日本製でないと判断する理由は、ひとえに眉の形です。高く突き出た眉に、申し訳程度の渦が表現されています。日本の石造狛犬は正面観、特に顔を重視するものであり、その際、眉は重要なパーツです。動物に眉があるというのも本来は変な話ですが、それでも敢えて眉をつけるからには、それだけ欠かせないものだからに違いなく、それなりに細心の配慮が施されているべき部分です。その点、この狛犬の眉は無造作であり、と言って稚拙とか不慣れという問題ではなく、造形上の意識の違いにほかならないと思います。
確かに、この眉はかなりいいかげんでした。全体的に見ても、嘉義の狛犬がしっかり彫られたものに対し、これは甘く彫ったというか・・・このある意味「詰めが甘い」ように見えてしまう彫りが、台湾の狛犬によく見られるような気がします。その理由としては、恐らくモデルとしたものが写真で、実物を目にしたことがなかった、立体として捉えたことのなかったものを彫ったためではないでしょうか。じゃあ岡崎狛犬のようなものは?となりますが、こちらはしっかりした図面のようなものがあったのではと思います。大正~昭和10年代ならば、日本から運んだ可能性もありそうです。
なかなか一言で説明できない、歴史同様に様々な要素を含んだ、味わい深き台湾の狛犬です。
<基本データ>
基隆神社(現:基隆忠烈祠)
設置年:大正八年六月(以下不明)奉納者名もうっすら認識できる。
特徴:犬歯が上下合わせて6本。耳は垂耳で、後ろに流れるような形。阿は玉をくわえている。体表に渦模様あり。頭頂及び耳にも彫られている。
アクセス方法:基隆駅から忠一路をまっすぐゆき、愛四路との交差点を左へ。自由橋を渡り、新楽戯院の角を右に折れるとすぐに大きな門があり、上まで登ったところの右奥に忠烈祠への階段があります。
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北投神社の狛犬は現在、逸仙國小にあります。
最初、その存在について片倉佳史さんに教えていただいたとき、いきさつもお伺いしました。それによると、神社が取り壊される直前、こっそり学校の職員の皆さんが夜陰に乗じて敷地内へ運び込み隠したそうです。それを決意した当時の先生方へ、ただ頭が下がる思いでいっぱいです。
2005年1月の時点では、校舎前の花壇近くに据えられていました。しかも、阿のほうは花壇に埋もれていました。
その時は守衛さんにお願いして中へ入れていただいたのですが、しばらくすると先生がいらっしゃって北投神社のお話を聞かせて下さいました。
何故狛犬は今花壇(階段)の横にあるのかお尋ねしたところ、前は別の場所にあったけれども、新しく校舎を建てたときにここへ移したということでした。どこに据えたものかと、様々な事情があって悩まれたのかもしれません。
さてこの狛犬ですが、つくりからすると昭和初期辺りのものだと思われます。顔の部分は他にもよく似た狛犬が台湾に存在しており、恐らく浪花狛犬をアレンジした形(別の要素が混じっているので)がベースになったモデルが存在したのでしょう。
ちなみに青く塗られている理由としては、所謂「青獅」を意識したのでは、と勝手に推測しています。
今年の5月になって、ようやく会いに行くことが出来ました。
胸を張る青い狛犬の姿に、感無量でした。私は今護っている対象が子供たちになったんだと、そう思っています。
アクセス方法:捷運淡水線北投站にて支線へ乗り換え、新北投站下車。
駅を出て泉源路(左画像中央の通り)を山側へ向かって歩いて5分。右手にあります。
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