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國史館から和美に里帰りした狛犬

Sguoshiamae Sguoshiunmae Sguoshiayoko Sguoshiunyoko

                                

                

私がこの狛犬と初めて会ったのは、2005年元旦、中興新村にある國史館の敷地内に据えられていたときでした。

まず國史館のプレートにあった説明から抜粋してみますと

・台湾建業有限公司の工場前道路わきに置かれていたものが八十三年三月寄贈された

・もともとはそこあった神社のもので、神社は大正十三年十月鎮座。戦後取り壊された

ということでした。

その後、この狛犬は和美鎮の徳美公園に移設されました。その顛末は公園に新たに据えなおされた狛犬の脇に記されてありましたので、簡単にご紹介いたします。

・新高製糖株式会社 中寮糖廠の敷地正門にこの狛犬が据えられ、警護についていた(神社の参道もかねていたのか?)

・戦後神社は取り壊されたが、狛犬は独特なつくりをしていたので、台糖公司と名を改めたそこの宿泊施設に移設された

・その後和美鎮の人が國史館を訪れたとき狛犬の展示に気が付いた。いろいろ調べたところ和美で長年失われていた文物と判明

・なんとか里帰りさせないと、と協議の上、民國九十四年四月二十二日にこの場所に移設された

Shemei きっと故郷で安住の地を得たこの狛犬は、懐かしい風に吹かれながら様々な思い出に浸っていることでしょう。地元の人々にかわいがってもらえたらいいなあと、心からそれを願っています。                                  

                                                                                                                  

Shemeia Shemeiun

Sguoshiao狛犬としては、台湾神社のそれとつくりが似ています。しかし同じではないので、モデルが混在しているのかもしれません(このことについては、少し思うことがあるのでもうすこしまとまったら書いてみたいと思います。混ぜたのは意図的ではないかと、最近はそう考えています)。

    

(補足しますと、その中寮糖廠というのは戦後台湾糖業公司の管轄となりましたが、更に台湾建業公司というところに管轄が移ったようです。そのいきさつがよくわからないのですが・・・)

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コメント

へぇ、和美の皆さんに呼び戻してもらえたんですね。
いきさつの説明も随分詳細になって。
良かった良かった。

ところで、徳美公園は元神社だったりするんですか?
それと、新高製糖が和美にあったということ?

liondogさん:
和美に狛犬が!と情報を得たとき、画像もあったのですが、金刀比羅神社のものとされていた上、もっと大きなものに見えていました。なのでまさか國史館の狛犬とは夢にも思わず・・・
会ったとき「國史館と同じモデルだったのかな(和美鎮から移設されたのはわかっていたので、この辺りの狛犬は同一モデルだったとか勝手にそこまで妄想が膨らんでいました)」と思いつつ、寸法を測り、一通り調べた後プレートに気づき、詠んでみて真相を知ってそりゃもうびっくりでした。恥ずかしい妄想までしていたのに。

徳美公園は確か戦後作られた新しい公園だったと思います。
でもって、新高製糖中寮糖廠は戦後台糖公司になって、更に台湾建業公司となったみたいですので、場所としてはこの会社がある場所に神社があったのです。敷地のどの辺りとかはわからないのですが・・・

追記:台湾建業公司は和美鎮にあります。それが抜けていました、すみません(苦笑)

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