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2007年5月の7件の記事

國史館から和美に里帰りした狛犬

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私がこの狛犬と初めて会ったのは、2005年元旦、中興新村にある國史館の敷地内に据えられていたときでした。

まず國史館のプレートにあった説明から抜粋してみますと

・台湾建業有限公司の工場前道路わきに置かれていたものが八十三年三月寄贈された

・もともとはそこあった神社のもので、神社は大正十三年十月鎮座。戦後取り壊された

ということでした。

その後、この狛犬は和美鎮の徳美公園に移設されました。その顛末は公園に新たに据えなおされた狛犬の脇に記されてありましたので、簡単にご紹介いたします。

・新高製糖株式会社 中寮糖廠の敷地正門にこの狛犬が据えられ、警護についていた(神社の参道もかねていたのか?)

・戦後神社は取り壊されたが、狛犬は独特なつくりをしていたので、台糖公司と名を改めたそこの宿泊施設に移設された

・その後和美鎮の人が國史館を訪れたとき狛犬の展示に気が付いた。いろいろ調べたところ和美で長年失われていた文物と判明

・なんとか里帰りさせないと、と協議の上、民國九十四年四月二十二日にこの場所に移設された

Shemei きっと故郷で安住の地を得たこの狛犬は、懐かしい風に吹かれながら様々な思い出に浸っていることでしょう。地元の人々にかわいがってもらえたらいいなあと、心からそれを願っています。                                  

                                                                                                                  

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Sguoshiao狛犬としては、台湾神社のそれとつくりが似ています。しかし同じではないので、モデルが混在しているのかもしれません(このことについては、少し思うことがあるのでもうすこしまとまったら書いてみたいと思います。混ぜたのは意図的ではないかと、最近はそう考えています)。

    

(補足しますと、その中寮糖廠というのは戦後台湾糖業公司の管轄となりましたが、更に台湾建業公司というところに管轄が移ったようです。そのいきさつがよくわからないのですが・・・)

鹽水の街

岸内糖廠のある鹽水は、激しいお祭りで有名ですが、ほかにも歴史があるだけに見所がいっぱいです。小さな街ではありますが、そのぶん散策するのにもってこいですので、狛犬とあわせていかがでしょうか。

<画像左より>

・點心城内にある「阿三意麺」と乾意麺(卵をつけました)

・橋南老街の鍛冶屋さん。橋を渡ってすぐ、右手にあります。

・八角楼。中には「伏見宮貞愛親王御遺跡鹽水港御舎営所」記念碑があります。

・60年の歴史を誇る「銀鋒冰果室」の「紅豆月見牛乳冰」。生卵の黄身がクリーミーなミルク氷ととってもよくあいます。よく混ぜてお召し上がり下さい。

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岸内糖廠の狛犬

20041231日訪問

<岸内糖廠内神社>

1903(明治16年)12月「鹽水港製糖株式會社」設立。1907年日本人が経営者となり、それから糖廠内神社を鎮座(具体的な年月日は不明、おそらく同時期)。御祭神は天照皇大神。

狛犬の特徴:いろんな要素(見る限りでは岡崎、八重垣、浪花など)がミックスされていて、台湾の狛犬らしい、何とも言えない味わいとなっています。「台湾に残る狛犬」は歴史的背景を内包する存在であるため、そちらへつい目が行ってしまいがちなのですが、狛犬そのものを鑑賞するに当たり、実に興味深くまた独特の楽しさを秘めた部分があります。ぜひそこをご紹介できたら、と考えています。

ここは現在、岸内國小の敷地内なので、職員室を訪ねました。すると先生が出てきて下さいました。狛犬についてのお話を伺ったところ「100年ほど前に彫られたものですが、戦後いたずらされ黄色に塗られてしまいました。それを台湾人の先生にそぎ落として(?なんかがりがりとこするような所作みたいです)もらったのですが、そのときに尻尾が(根元の細い部分)折れてしまったのです。」とのことでした。

狛犬は小学校の中庭に据えられています。石灯籠の並ぶ小道をゆくとその奥に見えます。明るくきれいな庭で、狛犬たちは尾は欠けたものの、きれいにしてもらえたせいか嬉しげに見え、本当何よりでした。

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南投の意麺

南投名物の「意麺」を食べてみたくて仕方なかったのですが、先日ようやっとその機会を(無理やり)作り出しました。

とりあえず南投へ行って、その辺の人にどこが有名か聞いてもらい、行ったお店がここです。

「阿章意麺」、麺がぷりぷりしていて、とてもおいしく大満足でした。お客さんもひっきりなしにやってきていました。

また、 その向かいの市場がこれまたいい味だしていました。

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南投神社の狛犬

2004年12月31日訪問

<南投神社>

大正十五年鎮座。

昭和十八年に南投公園(現在の中山公園)内から現在の南投高中内へ移設。

御祭神は能久親王、大国魂命、大己貴命、少彦名命、天照皇大神

狛犬の特徴:形がいまひとつはっきりしない(決まった形にうまくはまっていない)ところから、ごく初期の岡崎現代型であろう。しかも、日本で彫り大正十五年に運んだとすれば、時期としてとてもすっきり納得がいく。よしんば台湾で彫ったとしても、日本人、しかも現役で多くの狛犬を手がけていた石工の手によるものであろう。

   

    ・・・・・・・・・・・   ・・・・・・・・・・・

   

こちらへは、予めご紹介をいただいた上訪問し、校長先生にご案内していただきました。

南投神社跡は現在南投高校となっています。中庭には神社の遺構がわずかながら残っています。校長先生のお話では、見事に茂った楠も残されており、それには大変感謝されているとのことです。

狛犬は最初は正門前に据えられていました。この学校には立派な資料室があるのですが、現在はそちらへ移されています。校長先生によれば、何か狛犬にふさわしい場所があればよいのですが・・・とのことでした。

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南瀛總爺藝文中心

Sp1000585 ここはかつて明治製糖株式会社の本社があった場所だそうです。

この「紅楼」と呼ばれる建物は、かつて事務所として使われていたそうです。

Sp1000586 Sp1000587 砂糖工場以外に事務所、修理工場、停車場、郵便局、医務室、社交場、宿舎など大小七十六の建物が広い敷地内にあったそうです。ここでは今でもその片鱗をうかがい知ることができます。

Sp1000592 そして入口にはサトウキビを運んだ機関車が飾られ、お客さんをお出迎えしていました。

麻豆を旅する際には、おすすめの場所です。

麻豆総爺糖廠内神社の狛犬

2004年12月31日(金)訪問

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総爺芸文中心の奥にある、もと神社のあった場所にある総爺國小中庭に狛犬が残されているということで、会いに行きました。小学校の敷地内なので、お断りを入れると中から校長先生と教頭先生が出てきていろいろ説明してくださいました。

まず見たところ瞬間に狛犬と判別できますが、しかし何か言い切るにはしっくりこない。これは台湾に残る狛犬のほとんどに会って感じてきた第一印象です。

恐らく、日本から渡った石工が、台湾の石工にその技法を伝え、そして彫られたかもしくは手本となる狛犬(恐らく画像もしくは設計図)を基に彫られたためではないかなと想像しています。

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Sp1000553この麻豆の狛犬も、顔の印象は浪花狛犬系だと思ったのですが、それだけでは分類できないものがあります。まず毛の流れは獅子とよく似ており、尾の形もちょっと浪花狛犬ではない別のもの(総爺國小の校長先生曰く「富士山を表現しているんですよ」)です。そして体の渦模様は西日本の狛犬でも何度か見かけました。

帰国後、私の狛犬仲間、liondogさんにご教示を仰いだところ、尾や渦模様から名古屋型と獅子が混じったようなものではないかということでした。

Sp1000573 そしてこの配置なのですが、何故そっぽを向いているかと不思議に思い、校長先生にお尋ねしたところ「当時神社にすえてあった通り左右に置いたのですが・・・」とのこと。単に縦横を逆に置いたのでこうなったようです。

Sp1000580 そして狛犬とひとしきりご対面の後、当時の資料が残る部屋を案内していただきました。当時の写真が出てきましたが、確かに狛犬らしき姿が見られました。他にも糖廠時代の資料が山のように残っており、それらを眺めているとあっという間に時が流れてしまいました。この敷地内には、数多くの日本建築や、防空壕が残されています。建物は現役で頑張っていました。100歳を越す立派な老樹、糖廠時代の五分車、見所満載ですのでぜひ一度訪れてみてください。

アクセス方法:現在、神社跡は総爺國小になっています。台南や新営から興南客運に乗って麻豆へ。そこから歩いて約2km。とても道がややこしい街なので、地図でしっかり確認するとよいかも。ちなみにガイドブック(戸外生活シリーズ)には「六雙行きの興南客運に乗り換えて総爺站下車すぐ」とありましたが・・・

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